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進化論など

最初に物質があって、それが偶然になにか器官を発生させ、それが優れた機能なら他に勝って生き残り、それが繰り返して発展したのが今の生物界、という進化論の説明が、最近すでに自分には響かなくなった。ヤバいかも。

生物を、物質と、能力と、偶然、に帰する、って要は何の意味もない、ということじゃないですか。思うに、偶然と遺伝から能力を受け継ぎ、その能力が高いものが生き残る、という進化論の「考え方」自体が、現在の資本主義末期そのものの姿でちょっと怖くなる。

それにしても、オレがある日突然、アメリカにたくさんいるキリスト教原理主義者みたいに「進化論は間違っている」的なことを言い出したら、林さんヤバいっすよ、と注意して欲しい(笑

たとえば・・

手に持った物を放すと落ちる。何度やっても落ちる。落ちないときがない。なんという退屈であろうか。しかし、それゆえに、物というのは決して人を裏切らない。必ず同じことをしてくれるので、人は安心でき、思い悩む必要がない。そのせいで、人は本能的に、予見可能な物に寄りかかる。進化論がなんで現代人にここまで浸透したかというと、恐ろしく神秘的な生命という得体の知れないものを、物の法則を使って眺めることで安心できたからに過ぎない。突然変異で機能獲得してその機能が良ければ適者生存の原則で生き残りさらに機能を進化させたって? この様子は、物の法則を適用することで完全にシミュレートできる。それが「進化」だって? バカも休み休み言って欲しい。それに進化という名前を付けたのはあなたたちの方で、生命の方はそんなのお構いなしさ。

はい。ここで、林さんヤバいっすよ、って止めて欲しいわけです。

物は予見可能だと言ったが、これは僕ら人間と同じサイズの物が一つ二つていどしか無いときに限ってであって、すごく小さくなったり、すごく大きくなったり、たくさんになったりすると、とたんに予見不可能になる。僕らの使っている論理は、僕ら人間の身の丈に合った物の振る舞いを記号化して作っただけの代物で、それはその極めて限られたスケールでしか機能しない。それなのに、そんなちっぽけな道具で、世界や宇宙を理解しようとなんてするなよ。なにかが分かったとしてそれは単に、安心して見れる方向から見た宇宙の眺めに過ぎない。なにがビッグバンだよ。よくもそんな信憑性の無いものを真顔で信じるもんだと思う。宇宙は、そんなのお構いなしです。

はい。ここでまた止めて欲しいところですね。ははは