小舌のある男
舌ベロの下にもうひとつ小さな舌が生えていて、それを真ん中の青い着物のおじちゃんに見せているところである。右の箸を持った白い着物のおっちゃんは坊主だろうか。詞書には
「小舌といって、舌の根のところに小さな舌のようなものが重なって生え出ることがある。病が重くなると、腹が減って飢えても、喉が飲食を受け入れず、もっと重くなると死んでしまう者もあるという」
と書いてある。いまの医学的には、おそらくガマ腫と呼ばれる舌下に唾液が溜まって腫れたものと思われる、とのことで、特に怖い病気でも無いようだが、どうなのだろう。
衛生状況とか今とだいぶ異なるので、こんなものができると、細菌その他の合併症とか、雑な治療による悪化とか、いろいろ考えられる。そうこうして、小舌が巨大化して飲みも食えもせず、死んでしまう、なんてのはしょっちゅうだったのかもしれない。
平安時代に病気になると、大変だ。
色褪せたオリジナルの絵では、この右側の坊主風の怪しいおっさんは、箸でなんか食いながら、「おう、なんだよ、それ、え?」みたいに野次馬しているだけに見えるが、それは違う。
クリアな模写版を見ると、坊主の前の食い物のお椀のようなものは、食い物ではなく、芯を浸してなにかを燃やしていて、炎が見えるのが分かる。そして、小舌の男の右の足首に赤い点があって、そこから紐みたいなのがしゅるしゅると伸びている。
実はこれは、小舌の男の足首に灸を据えて、それが燃えて赤く、そこから煙が出ているのである。この坊主の左手の指の形を見ると分かるように、指でもぐさを丸めている。下の床に散らばってるのは、もぐさである。で、丸めたもぐさを箸で挟んで、火をつけて、それで灸を据えているのである。
ということでストーリー的には、この男は喉が飲食も受け付けず、痩せ細ったけど腹だけぽこんと出て、まことに具合が悪いってんで、坊主に灸を据えるように頼んで、坊主は
坊主: では足首のここのツボに据えてしんぜよう
みたいに灸を据えたが、この青い着物のおっさんがセカンドオピニオンで
セ: おまえさん、飲みも食えもしねえって、なんかできものでもできてるんでねえか
男: そういや、舌ベロのここになんかあるような気がするんだがなあ
セ: 見せてみい
ト書き: 口を開けて見せる
セ: ホレ、これじゃ。ここに二枚目の舌が生え出ておるではないか
坊: なんじゃて? それかの、理由は
セ: そうじゃ、これは小舌じゃな
みたいな感じなのであろう。この男、もうすでに全身症状が出ているし、小舌自体はそれほど大きくはなっていないが、このまま患って、悪化して、早晩死にそうである。
平安時代に生きるのも、楽じゃない。